発達障害はめんどくさいほど、多様な問題を抱えています!


皆さん、こんにちは!

今日は発達障害の問題についてお話します。

 

この問題はけっこう、大変なんです。

何が大変かって、

範囲が広くて

しかも、あいまいです。

 

病気と言っていいのか、

性格の偏りなのか、

変人なのか

未熟なだけなのか

わからないからです。

 

原因は、

本人なのか

親の育て方なのか

環境なのか

これもわかりにくいからです。

 

発達障害とは

発達障害の範囲はとても広く、以下の障害を含みます。

自閉症

アスペルガー症候群

学習障害LD:learning disability)

注意欠陥・多動性障害ADHD:attention deficit hyperactivity disorder)

及び

一部の知的障害

以上を含む広範囲な領域を

発達障害と言います。

 

図に描くとわかりやすいのですが、

数学の集合の輪で言えば

4つの障害の外側の大きな輪が発達障害で、

輪郭の一部に知的障害が重なっている、という図です。

 

どうして、発達障害ということが言われるようになったのでしょうか。

 

いつから、発達障害が問題になったのか?

1980年代から徐々に発達障害という言葉が言われるようになりました。

その後、1990年代になり、

学校で学級崩壊が起きるようになって、

増えてきたと言われています。

 

増加の原因は?

環境

テレビやインターネットのような

バーチャルな空間が生活の多くを占めようになってきたからだと思われます。

親が子育ての道具としてテレビを使ったり

パソコン、携帯電話を早くから与えてしまったりすることで、

子どもの脳及び心の形成に歪みを作っている可能性があります。

 

バーチャルな空間からは絵、画像、動画などの情報は伝わってきますが、

魂の色合いはや輝き、心の温かさは伝わってきません。

楽器の生演奏から伝わってくるものが、

テレビやCDの再生では伝わってこないものがあるのと似ています。

 

子どもが人の暖かい心に触れている時間が少なくなるって

心のエネルギーの充電不足みたいなことが起きて当然ですよね。

 

10年前は子どもの前では、

「携帯電話やパソコンは見せない方がいい」などと

警告することがありましたが、

今は、どうしようもないほど、普及して乱在していますよね。

お手上げの感があります・・・が、

 

できるだけ電子環境から子どもを守りましょう。

 

時代と社会が人間に求めるものが変化してきた

歴史を振り返るとわかりますが、

1800年代に工業化が進みました。

それまでの農業や牧畜中心の経済から

工業中心経済に変わり、

人々は機械を動かすための合理的で有能な考え方を持つように強いられました。

 

農業中心の時代は、自然とともに身体を動かせばよかったのですが、

機械が相手では、機械のスピードや特徴に合わせた動きをしなければなりません。

 

それに対応するかのように、精神分裂病(今の統合失調症)が出てきました。

 

1980年代からは、それに合わせた知性を教育するために、

また、その競争に勝つために、

争うように無理強いの受験勉強をすることが、

社会の通過儀礼のようになりました。

これに対応するかのように、

発達障害という言葉が言われるようになったと考えられます。

 

受験勉強は本当に辛くて意味がないように感じます。

それをおもしろく楽しく取り組める手段を知っている人はいいですけれど、

そうでない人は、身体に変調をきたしてもおかしくないと思います。

 

授業の方法

受験に対応するための結果中心主義の授業の弊害があると思います。

楽しく興味深く学ぶという本来の勉強のあり方ではなく、

いかにして高い点数を取るか、

そのことに特化した授業がおもしろいわけがありませんよね。

 

教師の考え方も結果主義で、その考え方が徐々に若年化したのだと思います。

大学受験のための高校生活。

高校受験のための中学の学び。

中学受験のための小学校。

お受験のための幼稚園のしつけ。

 

このスパイラルはには乗らない方がいいのではないでしょうか。

 

親の過剰な心配

このスパイラルに乗ることが至上目的で

このスパイラルに乗れなかったら大変だ、

と思った親が多かったのではないでしょうか。

 

乗れないと、

「うちの子は病気ではないのかしら」と心配し、

また病気であってくれた方が親の責任ではないという言い訳ができるので、

つい、そう思いたくなるのでしょう。

 

そんなこと何も思う必要はないのに・・・、

子どもは自然に元気に自分らしくしていれば、それでいいのに・・・。

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シュタイナーの観点

人間はそれぞれの年齢に享受するべきことや、

学ばなければならないことがあります。

その時期にするべきふさわしい行動があります。

例えば、

0歳児は重力を体感する必要がありますし、

空気の存在を感じ取る必要があります。

母乳とお母さんの笑顔がもっとも必要なことです。

 

0歳児に夜空の月や星を見せてもいい迷惑です。

 

このように、それぞれの年齢が受けるべきものが違うという

観点から言えば、

そのスパンは若ければ若いほど短くなります。

7年周期とか

2年4か月周期とか、

1年周期とか

一か月周期とか。

胎児の成長は1週間で数えますよね。

 

7歳までは自然とともに穏やかに過ごし、

9歳4か月までは、知的な勉強は控えます。

これは基本ですね。

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