うつ病は何もしたくない病 ひきこもりになってしまいます(2)


=続き=

その後、友人に対する私の態度は慎重になっていたと思います。

その時も、今も、はっきりとはわからないのですが、

たぶん用心深くなっていたのだと思います。

切れやすく短気で怒りっぽい自分が出てくるのがいやだったのです。

 

ある時、友人から言われました。

「何か、人のこと、さぐってない?」

 

やはり、本当の自分を見られたくないという思いから、

よそよそしい感じになっていたのだと思います。

 

これでは深い人間関係は作れませんよね。

自分の魅力は輝きませんし、

人間関係は希薄になります。

人間関係が希薄になったり、

声をかけあって心を通わせることが少なくなったりすることも

うつ病のひとつの要因でしょう。

 

ありのままの自分

このように、本当のありのままの自分を隠しておくことは、

人生に有効な態度ではないはずです。

しかし、ありのままの自分は、切れやすく短気で怒りっぽい性格です。

そんな自分を出せば、人は去って行きます。

そうかといって、出さずに自分を隠していれば、

深い人間関係は築けません。

 

ここが問題ですね。

社会の中で生きていく以上、

人に迷惑をかける自分を表に出していたら社会生活が成り立ちません。

自分を隠して小さくなっていれば、縮こまってしまいます。

ここに、葛藤があります。

この葛藤の中で答えを見出せず、

自分はダメだと思いこんでいくことが

うつ病の典型的な最たる要因ではないかと思います。

 

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どうすればいいのか

それでは、どうすればいいのでしょうか。

二つの方法があると思います。

一つは、何でもいいので好きなことを見つけて

身体を動かして楽しむこと。

趣味を見つけることです。

ウォーキングでも釣りでも何でもいいです。

 

もう一つは、

社会に適応できない自分の葛藤の中に、どんな誤りがあるのかを発見することです。

 

私は高校卒業後、しばらくニートでした。

うつ的な気分で何もやる気がしなく、

ひきこもりがちでした。

その後、アルバイトをしたり、就職したりしましたが、

私が自分の誤りを発見したのは、

もっとずっと後になってからです。

 

私が発見した私の誤った考えは、

「人が間違ったことをしたり、

間違ったことを言ったりすることは、

許せない。

人は正しいことをしなければならない。」

というものでした。

 

私は自分がこういう観点を持っていることがわかりました。

ありのままの人の姿を認められないのですね。

人の未熟さを許容できない。

人の小さな罪を許せない。

 

そんなちっぽけな考えを持った自分であることがわかりました。

 

それでは、その次はどうすればいいのでしょうか?

 

自分と他人を認める

私は正しいということが絶対的な価値ではないことに気づきました。

そして、いつもそのことを自分に言い聞かせました。

「間違っていてもいいじゃないですか!

一緒に楽しい時を過ごすことの方が重要な時もあります」と。

 

そうやって人を許容し、人と笑って時を過ごせる自分でいられるように、

瞬間瞬間、自分を見ていることを始めたのです。

いつもいつもできるわけではないです。

時々、怒りだしてしまうこともあります。

それでも、本当の自分の誤りに気が付いたのです。

 

間違っている自分でもOK

他人が間違っていてもOKです。

 

本当に正しいことってあるの?

科学の歴史を見れば、

科学的な真理は、より深い真理によって否定され、

次々に塗り替えられていることがわかります。

絶対に正しい真理はないですよね。

 

「すべての知識は蓋然的である」バートランド・ラッセル

 

人それぞれの気づき

私の場合は、「正しくないといけない」という誤った観点を発見しましたが、

人それぞれ、さまざまな考えや観念があると思いますので、

自分自身で発見することが大事だと思います。

自分の心の中にあることなので、他人にはわかりません。

ただ、お手伝いをしてくれる誰かがいた方が、容易かもしれません。

話を聞いてもらう、とかですね。

 

終わりに

私は結局うつ病寸前のところまで行きましたが、

うつ病になることはありませんでした。

うつ病になっていないので、

闘病を通したお話はできませんでしたが、

少しでも、何かのお役にたてればと思いまして、お話ししました。

皆さんの人生がより良き方向に前進しますように。

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